新たな起業の拠点としての「Bese Camp」の設立に寄せて 向谷地生良

新たな起業の拠点としての「Bese Camp」の設立に寄せて 向谷地生良

新たな起業の拠点としての「Bese Camp」の設立に寄せて

北海道医療大学/浦河ベてるの家 向谷地生良

2010年に池袋にホームレスの人たちとの活動拠点「べてぶくろ」を開設してから早いもので8年が経ちます。北海道の過疎化がすすむ日高の浦河で培った「生きる苦労の遺伝子」を大都会の池袋に移し替え、「ホームレス」という既存の法制度のセフティーネットから離脱し「究極の自立」を余儀なくされた人たちの目線から、(特に精神障害をもった人たちの現実から)人の暮らしや社会の在り方を考えつつ、ともに生きる場を創造していくという発想で活動を続けきたべてぶくろから、今回、あらたにともに働く場を創り出す「Bese Camp」が立ち上がります。

「Bese Camp」と言うと、イメージするのはエベレスト登山やまだ見ぬ世界を探検する時に設営する「野営地」です。暴風雪に見舞われたり、一進一退を迫られたりする時に、一時退却したり、新たなプランを練るための「作戦基地」にも例えることができます。そして、その試行錯誤のプロセス自体が「当事者研究」であり、一種の「アクション・リサーチ」(現場の課題に対して、仮説を立てて、試行錯誤しながら問題解決(解消)をはかる実践的な研究法)にも似ています。その意味でも、この度設立されるBese Campは、起業を通じて地域課題の解消や新たな暮らし方、働き方を創造する共同の社会実験の場と言うこともできます。

私たちが起業において大切にして来たことは、場の中心に“一番、困っている人”を置いて“ウロウロ”することです。この“ウロウロ”することは、被災などの困難に直面した人たちが復興していくプロセスを学問的に明らかにした「希望学」を専門とする玄田有史さん(東京大学)の「大事なことは壁の前でちゃんとうろうろしていること」から学んだものです。「成功した人に理由を聞くと“偶然”とか“たまたま”という言葉が返ってくる。それは、壁の前でちゃんとうろうろしていたから生まれた偶然であり、必然的な偶然なのだ。自分と違う世界に生きる人(自分と違う失敗をし、自分と違う成功をし、自分と違う方法を持つ人)たちとの、ゆるーいけれど信頼でつながった緩やかな絆を持つことが希望を生み出すカギ」(講演メモ)だというのです。

これは、私たちの経験とも重なるものです。この“ウロウロ”は、途方に暮れて彷徨うイメージではなく、苦労の壁の前で、自分自身と、そして場を共有する人たち、さらには“苦労そのもの”と対話という作業を重ねるプロセスを言うように思います。そのプロセスは、多少、行儀が悪くても、騒々しくても構わないと思います。オープンダイアローグを紹介する映画の中で「オープンダイアローグとは」と聞かれたスタッフが「大騒ぎ!」と喜々と応える場面がそれを象徴しています。

これから、いろいろな苦労が予測されます。苦手な人や苦手なこととも向き合っていかなければいけません。大事なことはどんな事態が起きようとも「ミーティング」「研究する」という素朴な手立てを手放さないことです。

最後に、何よりも、私が楽しみにしているのが、Bese Campの壁面がホワイトボードでおおわれていることです。ロンドン大学のキャンパスを訪れた時、部屋の四面がホワイトボードで覆われたカフェスタイルの教室を見て、こんなスペースが欲しいと思っていました。Bese Campの空間が「三度の飯とミーティング」を取り込んでいるのです。それを考えただけでも、ワクワクします。早く、このスペースを使ってワークショップをやってみたいと思います。